訪れた所:神奈川県横浜市・三渓園(原三渓)1906-
*神奈川建築巡り(2004/07/31)・前回の続き 石の美術館のあと
前日は栃木へ行っていたけれど、この日は埼玉、東京を越えて神奈川へ。
午前中は三渓園、午後はみなとみらいへ行く。
「三渓園(サンケイエン)」は、横浜を代表する貿易商・原 三渓(1868-1939)の自邸があるところで、数寄者であった彼は、趣味で骨董品を収集するかのごとく、京都や和歌山、鎌倉などから集めた古建築を広大な敷地(17.5万u)に配置させた。一般公開は1906年からで、その後1953年に横浜市に寄付されて、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟を含む全16棟が現在も公開されている(各建物の内部公開は期間限定)。原三渓はパトロンとしても有名な人物で、日本画家との交流も多く、三渓園を題材にした絵画も多いらしい。
三渓園の入口の目の前で一匹の猫が気持ち良さそうに寝ていた。
お腹をツンツンしても全然相手にしてくれなかった。
君は三渓園の番猫かい・・・?
入口の門をくぐり抜けると一気に開けたところへ出る。改めて敷地の広さに圧倒される。各建物はその建物が元々建っていた地形との関係や現在の敷地との関係が考慮されて移築されているので、江戸東京たてもの園や日本民家園のように建物が密集しておらず、個々のスペースとして配置されている。まるで絵画が額縁に納められるかのように、額としての地形や自然を含め、一体的にまとめられている。
これは臨春閣(リンシュンカク)。『建築map横浜・鎌倉』(TOTO出版)によると「関東で最も優れた数寄屋造りの建築」と紹介されている。確かに建物のボリュームや屋根の形状・勾配・向きなど圧迫感無くリズミカルに雁行していてとても優雅に感じた。
臨春館の縁側。柱が建具の内側に設けられているので建具を全開に開き放つことが出来る。ここは内部にも楽器をモチーフにした欄間などがあり、様々な見所がある。
建物の出隅部分にはこんな板金が施されていた。雁行した建物の場合、通常、雨戸の戸袋が一辺ごとに付いてしまうが、この板金のおかげで角で雨戸を止めることなく反対側へ回すことができる。建築は、構造と設備以外は基本的にローテクだが、だからこそアイデア次第で色んなことができるものなんだと、これを見て改めて思った。ちなみにこの建物の建立は1649年。
ここは旧矢箆原(ヤノハラ)家住宅。もともと岐阜県荘川村にあった合掌造りの民家であるが、この建物は良く見る合掌造りの建物とは屋根の形状が異なり、入母屋の形になっている。
内部の囲炉裏。太陽からの光が植物に反射して、壁や床が緑色に照らされている。他の民家を見に行ってもこういった光景を良く見るが、この緑の光に包まれた空間は非常に美しいし、とても落ち着いた色合いで、本当に素晴らしい空間だといつも感じる。
三渓園にはとても古い建物がたくさんあるが、それらは見学出来るだけでなく貸出されている建物も多くあり、茶会・会食・パーティー会場などとして使用することが出来る。こういった古い建物は本来の建物としての役割を終え、遺構として公開のみされる場合が多いが、そこを実際に使うことが出来て、また多くの人に開かれているということはすごいことだと思う。どんなに古い建物でも現役で頑張っていると、なんだかとっても活き活きと見えてくる気がする。
一番見たかった聴秋閣が、このときちょうど改修中で白いシートに覆われていたのはちょっとショックだった。また新緑の季節か、そのあとの紅葉の季節にでも、ぜひもう一度訪れたいと思う。
三渓園
→http://www.sankeien.or.jp/index.html
*今日の書き込みはここまで。またしても次回に続く。


建築・都市に興味あり。高いところから街を眺めてるのが好き。千葉の銚子にある地球の丸く見える丘公園がお気に入りの場所。

いいねぇ〜
昔は、縁側のある家って然程珍しくなかったけど
最近では見ることは少なくなった。
縁側で日向ぼっこをしながら庭を見る
今は贅沢な空間の部類に入るのかな?
個々の住宅が、外に開けるような街づくりができればいいんですけど、なかなか難しそうですね。